また恋しちゃった、と彼女はぼくに言う。何人目か数えるほどぼくも暇ではないので何人目?と問いかける。
それはきっといつもの掛け合いのようなもので、きっと彼女はぼくとこの話をするためだけに、電話をかけてくる。
彼女は何人目かは覚えていないわ、と答えて、ぼくはだろうね、とため息混じりの返答をする。
今度の彼も似たようなものだと彼女は言った。占有欲が強くて、とっても嫉妬深いの、と。ぼくはいい加減やめたらどうかな、と勧める。彼女は前にも同じようなことを言っていた気がする。果たして結局今回も同じような結果にたどり着くことになった。
ひとしきり電話口で泣きじゃくって、あたしに優しくしちゃダメだからね、といつもは掠れた声で言うのに、今日はぽつりと呟くように彼女は言う。
あんたが彼氏だったらいいのになって、あたし、たまに思うのよ。
ぼくはごめんだね、とも、じゃあ付き合ってみようか、とも言わずに、そうかい、と先を促すことにした。それが彼女の求めている言葉だとわかるくらいには彼女のことを知ってきたし、きっと彼女は今ぼくが付き合おうか、なんて言ったらそのまま転がり落ちてゆくだろうな、とも思う。
代わりに、恋をするのはいいことだよ、とぼくは続ける。彼女は笑って、そうだね、と答えた。
あたしはね、死ぬまで恋をしていたいの、と彼女は懺悔のように言う。でも君だって年を取るし、老けたら若い頃のようにはいかないよ、とぼくは彼女が知っている言葉を返す。彼女は笑って、そうなったら、あたしはもうそこで死んでいるのよ、と言った。
きっと彼女だっていつまでもそんなことを言っていられる歳でもなくなるし、けれど彼女の言い分はぼくにもなんとなくわかった。現在的で刹那的な生き方だって、彼女が人生を謳歌するためには必要なものなのだろうな、とぼくは思う。
いつか彼女も当たり前のように就職をして、紺色のスーツを着て、彼女は死んでゆくのだろうな、と思ったことを見透かすように、彼女はぼくに問いかける。あたしが死んだら、あんたは泣くの?
多分泣かないだろうね、とぼくが言うと、泣いてほしいな、と彼女は拗ねたように返してくる。でも、あんたの涙はあたしにはもったいないよ、と付け加えて。
ぼくが彼女の為に泣かないことをきっと彼女はわかっていて、それが何故かって、ぼくがどれだけ汚くて傲慢であるのかを彼女は知っていて、そしてそんなことを言うからあんたは優しすぎるんだよ、とわかったような口振りで彼女は言う。
対等になるということはそういうことで、見下すこともスクリーンを透かして見ることもない生身の彼女を、ぼくは死なせたくないな、と彼女に言う。
だめよ、と彼女は言い、あたしはあたしの意志であたしを殺すのだから、あんたが殺しにきちゃダメなのよ、と重ねて言う。そうだろうな、とぼくは笑った。
羨ましいとも汚らわしいとも思わない。
ただひたすらに潔く美しい。
そうして彼女からの電話を、ぼくは今日も待っている。彼女がいつか死ぬ時に何と言うのだろうかと、ぼくは夢想しながら、受話器を取った。
「──そう、それじゃあ、良い恋を。」